仙台で呑んだ。
いやに楽しかったので、友人は大変だったろうと思う。
柔らかくなったとほめられたのだけれど、太ったことも一因のような。
この年齢になると、話す内容がさらりと重くなってくる。
日常の中に重い選択がさらりと入ってくる。
忘れがちだけれど、生きていくことは選択の連続。
シリアスは、日常の中にこそちりばめられている。
私はときどきそれを忘れているものだから、出くわすとびくっとする。
ああ、そうだった自分の思うとおりにいかないのが人生だったよね。
けれどそれを肝に銘じておくと、奇跡にも出会うから。
気の持ちよう一つで、奇跡は転がっている。たぶん、だれの人生にも。