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思い出せない記憶がある。
つらかったからなのだろう。
私には、何年か前の半年くらいの記憶がない。
時間軸の中からぽっかりぬけてしまっている。
一つ一つのシーンは覚えていても、つながりがわからない。
それは、ひとりの人の事だけを考え続けていたからなのだ。
どうして激しい気持ちがもてなかったのだろう。どうして続く穏やかさをうけいれられなかったのだろう。
食欲が全くなく、日々は白黒フィルムを見ているように過ぎていった。そこは色のない世界で、私の気持ちは全く動かない。
このままいくと、ちょっとまずいかな、と思った。
自分で思うくらいだから、周りから見たらもっとおかしく見えたのかも知れない。
あれが、狂気というものなのだろうか。
それでも無事にすんだのは、私の中にある奇妙な前向きさと、事実から逃げなかったこと、それから、他人のせいには一切しなかったからだ。
あくまで、自分のなかのこととして向かい合い、誰が悪い、なんて考えもしなかった。
そもそも人間関係に、いいも悪いも無いのだ。
他人に向かって「こうしてくれればよかったのに。」などと言える厚かましさは私にはない。
狂気の端っこでとどまれたのは、そういう強さが私にあったからだと思う。
けれど、思い出せない記憶がある。
空ばかり見ていたことしか思い出せない半年が、私にはたしかにあるのだ。